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世界遺産、姫路城

世界遺産への登録、その根拠

・木造建築物として、美的完成度が最高の物である事
・明治以前の封建制度の象徴である事
・保存状態が良好であり、日本独自に工夫された城郭の構造がよく示されている事
などが、世界遺産の登録の項目としてあげられています。

別名『白鷺城(はくろじょう)』とも呼ばれ、その造形美は、国内の木造建築としてはもちろん世界でも他にはない程に優れ、評価されています。
また、天守閣に至るまでの入り組んだ道筋など、防御に工夫した日本独自の城郭の構造がよく示された城であると言われています。
天守群を主に、櫓(やぐら)、門、土塀といった建造物、石垣、堀などの土木建築物の保存状態も良く、他に類例のない構造である事も含めて、貴重な文化遺産とされています。

400年という歴史を持ちながら、その間戦にさらされる事も、近代の戦災にあう事もなかった姫路城。
だからこそ、歴史的に価値のある建造物として現代に残っています。

誰が、いつ建てたのか?

築城されたのは1333年(元弘3年)の事で、赤松則村という武将によって築かれました。
交通の要所であり、国政の拠点として播磨国(姫路市を含んだ兵庫県南西部)の国府(政務を執る施設のある都市)がおかれていて、その播磨府中を視界に収める場所に築城したのが始まりとされています。
それ以降改修もなされ、1580年頃には羽柴秀吉(後の豊臣秀吉)の手により修築されています。
対毛利勢の拠点としてが理由で、当時秀吉は織田信長の中国方面軍司令官となっていました。
1600年頃には、関ヶ原の戦いで徳川家康にその働きを認められた池田輝政が入城し、再び改修が成されます。
大阪城の豊臣秀頼、及び西国大名を牽制するために、豪華で壮麗な城を作らせたと言われています。